■桃山学院高等学校~関西大学商学部1982年3月卒 

 

■1982年4月幸福銀行(当時90店舗)に入行

・ 花園支店時代・・・1982年4月 大阪市西成区の花園支店に配属

  • 最初の仕事

毎朝9時に銀行のシャッターを開け、3時に閉めることが、銀行員としての最初の仕事でした。3時に他の仕事をしていてシャッターを閉め忘れることがあり、よく叱られました。

叱られると言えば、カッターシャツの下に柄入りのTシャツを着ていて注意されたことがありますが、当時は何がいけないのかよく理解できませんでした。

  • 窓口係

まもなくして、いわゆるテラー係を1年ほど任されました。

お客さんと窓口で話すことに大きなプレッシャーを感じたことは今も忘れません。店頭に来られるお客さんは何を依頼されるか分からないので、最初はいつもドキドキしてお客さんが帰ると汗びっしょりになったものです。

  • 預金渉外係

しかし後に、預金渉外係として営業担当を命じられた時は、そんな経験が役に立ち、お客さんに「あんた、窓口にいた兄ちゃんやな!」と言われ可愛がってもらいました。その上、窓口で学んだことはすべて業務で活用でき、先輩よりも業務知識が豊富になっていました。

 

・ 大美野支店時代・・・1985年7月 堺市の大美野支店に転勤

大美野というところは邸宅の密集するエリアと昔ながらの農家の多いエリアとが混在する地域です。富裕層が多く預金を集めるのが主業務でした。

単車に跨って多いときは1日に70件、お客さんを回りました。平均して1日50㎞は走っていました。雨の日はレインコートを着て回りますが、お客さんの家の前でレインコートを脱いで、用事が済めばまたレインコートを着て単車に跨るので、脱いだり着たりしているうちに結局、スーツはびしょ濡れになります。それでも、お客さんを回りました。本当に大変だったのですが、そういう姿勢で営業をしていると特に年配のお客さんからよくお声がかかり、預金をして貰えました。当時定期預金の金利は1年で5%から3.5%くらいに下がった頃でしたが、元気だけをウリに毎期なんとかノルマは達成していました。

この支店で3年くらい過ぎたころ、同期が大阪市内や東京で融資担当となって頑張っている、という情報が入ってきました。やはり、銀行員の花形業務は融資業務ですから、非常に羨ましく思い焦りを感じました。支店長に融資店舗で勉強したいと何度もお願いしましたが、転勤というのはこちらの都合だけで決まるものではありませんし、支店長としても営業行員を出すときは支店の戦力が極端に落ちたりしないかを考慮して人事部と話を進めていくものです。今、与えられていることを120%やることが近道だと自分に言い聞かせていると、それから1年半ほど経ったある日、支店長に呼ばれました。「正木君、良かったな!難波支店転勤、しかも課長昇格だ!」

報われた!」そう思ったのが昨日のことのようです。

 

・ 難波支店時代・・・1990年3月 大阪市中央区の難波支店に転勤

支店の前は大阪一の目抜き通りの御堂筋が走り、横には千日前通り。地下鉄御堂筋線、四つ橋線、千日前線、近鉄電車、南海電車、JR関西線にアクセスできる大都会の支店です。何から何まで知らないことだらけ!ドキドキしながら着任初日、難波支店に出勤すると支店長に「正木課長には業務1課の課長をお願いする」と言われ早々に部下を持つプレッシャーを味わいました。

業務1課は預金取引先の管理が中心で融資先と言ってもそのほとんどが個人商店。ちょっと自分の思い描いた仕事と違う・・・とは思いつつ、ここで業績を上げて業務2課の課長のポストが空くのを待つこと1年。業務1課で積極的に融資を伸ばした実績を買われ、支店内で2課の課長に異動しました。

当時の難波支店業務2課は、銀行全体でも上位に入る融資量を誇りその中で私はピークで500億円近い融資量を管理しました。上場企業から従業員数10数名程度の中小企業まで合計30社程度を4年間管理した経験が、その後の人生に大きく役立つことを当時は分かりませんでした。

郊外の支店での営業は、商店主や奥さんに好かれることが業績アップには必須条件でしたが、都会に出てくると様子が違います。まずは取引先企業の経理あるいは財務担当者にキチンとアポイントを入れないと面会できません。その電話もキチンとした日本語が話せないと務まりません。取引先は大抵、取引銀行数は10行前後あるので銀行慣れしています。ですから、話題にも気を遣います。入行した時に当時の先輩に日経新聞は必読と言われた意味がこの時ようやく理解できました。いつも他行と比較され、融資条件や持っていく情報を吟味されたので、この時期はいろんな意味でよく鍛えられました

  

・ 梅田支店時代・・・1995年7月 大阪市北区の梅田支店に転勤

難波支店では法人融資を学びましたが、更にブラッシュアップすることができたのは、次の梅田支店勤務でした。ここも大型融資店舗でしたが、私が携わったのは法人新規先開拓でした。当時は帝国データバンクの企業情報を見ながら、貸せそうな先に電話アポを入れるか直接訪問して関係を深めていくという方法が一般的であり、リストがあれば手あたり次第コンタクトしていました。銀行の融資課長の名刺を持っていたので、経理や財務担当者に会うことはできました。が、取引ができることは滅多にありませんでした。今から思うと、「見込み先」という概念が欠落していました。融資の知識は十分でしたし気の利いたビジネストークもできたのですが、相手に資金需要が無ければいくら営業トークをしても無駄です。つまりお腹いっぱいの人にこちらの都合で更に食べさせることはできませんでした。

ちょうどその頃に本部より辞令が出て、梅田支店の融資役席に昇格しました。この昇格で梅田支店と本店業務部、融資部との交渉役、支店内部の行員の管理が主な仕事になりました。銀行というところは融資をしようとすれば、融資稟議書というものを作成し、権限者の決裁を貰わないといけません。私は部下が融資稟議を回してくると内容の是非はもちろん文章の間違い・誤字脱字・数字の間違い・添付書類の確認を徹底しておこないました。間違った内容に支店長が判を押す、ということは絶対に避けなければならないことなのです。当時、私の上にいるのは支店長だけでしたので私が最後の砦だと肝に銘じて書類のチェックをしていました。今も忘れられないのが支店長が口癖のように「正木次長、この稟議間違いないな?」と言ってさらさらと読みながら支店長印を押印していくのです。この言葉に対して「はい、間違いありません」と返すのですが、その言葉の重かったこと。

間違いないというのは、銀行員にとって「このお客さんはお金を貸してもキチンと返済してくれる先に間違いないな?」という意味です。「いいえ」なんて言えないので、勿論「はい」というのですが、こんな言質を取られると、融資実行後もそのお客さんの管理に気合がはいるというものです。

こうして、人の管理における「言葉の力」の大切さを学びました。

 

 ・ 営業企画部時代・・・1998年7月 

   大阪市西区土佐堀にある本店6階 営業企画部に転勤

梅田支店3年の役席を経験後、本店営業企画部調査役を命じられ、融資店舗の融資先担当行員の育成を行いました。

この融資先担当行員のレベルアップ活動は銀行として初めての試みで、その推進の為に全店から融資経験豊富な行員5名が特命で招集されその中の1人に入りました。

毎月、融資店舗に出向き融資先担当行員と1日行動を共にすることにより、取引先での話の仕方やノウハウを直接指導しました。

人にモノを教えることにより自分のスキルの棚卸ができ更に磨きが掛かった時期を過ごしました。

 しかし、幸福銀行が破綻の可能性があったので(後に破綻)その前に退職しました。

 

■2000年5月 ㈱シーマ・ネットを設立

 中小企業向けの資金繰り改善コンサルを開始。同時に生命保険・損害保険の代理店資格を取得。

銀行員時代から常々感じていたのは、経営者の多くが会社の経理や財務に対して苦手意識をもっているので、まずは「そこを何とかしたい」ということで、それが私のコンサルの始まりでした。しばらく試行錯誤しましたが、やがて学校では教えて貰えない「会社のお金」にスポットをあてることで、日本一わかりやすく、実践形式でしかも短時間で身につく教授方法を開発することができました。

この方法使ってコンサルを進めていくと、経営者の数字に対する関心が飛躍的にあがるのがよくわかりました。

経営者が数字に明るくなると、考え方が変わってきます。いろんな発想が浮かびすべてのことに前向きになります。経営は「いばらの道」と思っていたのがいつしか「ドリーム・ロード」に変わります。

そして経営者の考え方が変わると、幹部、社員の意識改革のお手伝いも会議を通して一緒に行えるようになります。

『経営者が変わると、会社が変わります。』

変身前の経営者が何を言っても組織は変わりません。

社員はよく見ています。

しかし、変身後の経営者がモノを言うと組織は動き出します。

大切なことは「何を言うのか」ではなく、「誰が言うのか」です。

そんな「誰づくり」を私はサポートしたいのです。

 

■座右の銘:「いい時も悪い時も長くは続かない」

        「自分と未来は変えられる」

 

■趣味

 ・ゴルフ

   ・アコースティックギター(サザン、玉置浩二などをデュオでやっています)

 ・バンド活動(ドラム担当:Stevie Wonder、Billy Joel 、Boz Scaggs、Roberta Flack、Carole  Kingなどのコピーをやっています)

 

弊社オフィシャルサイト : http://www.cimanet.co.jp/